マーフィー100の成功法則

「富裕感」こそが富を引き寄せる

"富裕感"こそが富を引き寄せる

繁栄、富、成功などの考えを潜在意識の中に預金しなさい

 

そうすると、潜在意識はあなたに複利をつけて返してくれる
金持ちになる唯一の方法は、額に汗をたらして激しく働くことだ、
などという話を信じてはいけません。

 

あなたも、一週間のうち数時間働くだけで、途方もな
額のお金をもうけている人がいることを知っているでしよう。

 

本当は、がつがつ働かないでも、どんどんお金が入ってくるような
生活のやり方が一番よいのです。自分がしたくてたまらないことをして、
しかもその仕事がわくわくするほど楽しく、しかもどんどんお金が
入ってくるのが理想的なわけでマーフィー博士の知人で
年収5000万円の人がいます。

 

彼はロサンゼルスの会社の重役で、先年も船で世界一周旅行を
やってきました。その人が言うには、彼の会社で週給5万円ぐらいで
やっている多くの人は、自分より仕事の知識もあるし、
また管理ももっとうまいのですが、そういう人たちは潜在意識の
驚異に関心がないので、うまいアイデアを使えない、ということです。

 

それに反してこの人は、「自分は高給を得て、世界旅行にも時々出かけるのに
値する人間なのだ」と潜在意識に思い込ませたと言うのです。

 

潜在意識は、いつたん思い込まされたことは必ず具体的に実現して
みせる力を持っているのですから、この人の言うことは本当です。

 

自分は豊かであるという心の底からの感情があれば、それがあなたを
豊かな人にするのです。つまり富裕感が富を引きつけるのです。

 

あなたの富を成長させたかったら、あなたの富裕意識を成長させなさい。

 

四六時中、このことを忘れないでください。努力しないで富裕になりましょう。

 

本当にあなたは、奮闘する必要も、奴隸のように働く必要もないのです。

 

 

 

 

 

人の幸運を祝福すると、その「おすそ分け」がある

他人の富を祝福することがとりもなおさず自分にも富を招き寄せることになる。

 

自分が貧しい時、あるいは困っている時に、巨富を持っている人、
うまくやっている人を嫉妬するのは人の常です。

 

しかし、嫉妬することは、富そのもの、幸運そのものに対して
否定的な感惰を持つことになり、それは潜在意識に刻印され、
あなた自身が富や幸運から遠ざけられてしまうのです。

 

では、そういう時にはどうしたらよいでしょうか。

 

そういう時は、すぐに祝福してしまうのです。誰かが巨富を
得たということを知って嫉妬の心が起こりかけてきたら、すぐに、
「彼とその富に祝福あれ」と言うのです。その人のために
喜んでやるのです。

 

そうすると、あなたの意識する心が、富や幸運を肯定することになり、
それが潜在意識に受けいれられ、あなたにも富や幸運がもたらされるのです。

 

しかし、祝福だけでは物足りないと思う人は、さらに自分のための
祈りをつけ加えてもよいのです。「彼は巨富を得たそうだ。彼とその
富に祝福あれ。そして、私にもそのような幸運がきっとくるでしょう」と
言うのです。

 

 株でもうけた人は、「人もよかれ、われもよかれ。われは人より、
もうちょつとよかれ」と祈っていたそうです。

 

ここには否定的な言葉、否定的な考えが少しも含まれていません。

 

しかも、人間の心理に自然です。このようなすぐれた祈りを考えた
人がうまくやっているのは、当然と言うべきでしよう。

 

日本のことわざに「人を呪わば穴二つ」というのがありますが、
これはまさに潜在意識の法則をよく言い表わしています。

 

あなたは人の幸運を祝福してください。これはとりもなおさず、
自分にその幸運を引き寄せていることになるのです。

「負けおしみ」を言っている間は「負け組」だ

貧乏には美徳などひそんでいない。それはほかの多くの心の病気と同じく、一種の病気である

 

もし、あなたの体が病気になったら、自分にはどこか悪いところがあると思う
でしよう。そして直ちに助けを求め、その状態に対して何か手を打つでしよう。

 

同じように、もしあなたの生活の中でお金が十分に循環していないならば、
あなはどこか根本的に悪いところがあるのです。

 

あなたの内なる生命の原理は、より豊富な生活を志向しているのであって、
貧しいことは生命の本来の欲求にそむくことなのです。

 

あなたはあばらやに住み、ぼろを着、すきっ腹を抱えて暮らすために、
この世に生まれてきたのではありません。あなたは、幸福で富裕で
成功しているべきなのです。

 

ところが、過去において多くの宗教や哲学は、貧しいことの美徳を
のべてきました。

 

しかし、それは特殊な状態においてです。

 

暴政や全体主義国家など、個人の価値を低く見るような
体制下にあっては、個人が富むことは体制によって否定されてきたのです。

 

そういう社会では、暴政や独裁をする立場にまわらなければ
富むことがむずかしいので、あきらめとして貧しいことをたたえたのでした。

 

いわば一種の負けおしみです。

 

しかし、私たちが生きている社会は、個人が自由に自分の
生活様式を選べるよい社会です。私たちは独裁者や暴君にならなくても、
豊かで幸福で成功できるのです。

 

生命の原理をねじまげていた時代の隠者などがあきらめとして
作り上げた価値観に、いまのあなたが左右されるのはおかしいことです。

 

生命の原理は豊かさを志向していることを一時も忘れないでください。

 

欠乏は生命の原理の作用不足ということで、あるべき姿ではないのです。